昭和天皇の戦争責任とマッカーサーとの意外な関係とは!?

スポンサーリンク

昭和天皇は、明治34年4月29日にお生まれに成り

諱は裕仁(ひろひと)、幼少時の称号は迪宮(みちのみや)と呼ばれていました。

昭和天皇は、とても穏やかな方で、怒りをあらわにしたことが、

ほとんど無かったそうです。

昭和天皇の戦争責任とマッカーサー

昭和天皇は二二六事件には断固として制止し、

責任者を処分しましたが、

日華事変や上海事変などが制止できず、

ついに日米開戦に至りました。

巨大なアメリカに勝てる訳も無く、

310万人もの戦死者を出し、

広島、長崎への原爆投下を経て、

ついにポツダム宣言(無条件降伏)を受け入れました。

これにより、

多くの軍人たちが裁判を経て、

処罰されました。

当初は、天皇にも当然

最高責任者として厳罰が求められましたが、

ある人の助言で無罪となりました。

その人こそ、

マッカーサー元帥です。

マッカーサーは当時、

日本の最高司令官として、

戦後の処理を行っています。

天皇は、最高責任者として多くの犠牲者や関係者への償いとして処刑すべきだ

占領軍の中からはこの様な声が多数でたのに、

何故、マッカーサーは昭和天皇を助けたのでしょうか?

実はある日の事、

一人の男がマッカーサーのもとを訪れました。

その人こそ昭和天皇だったのです。

昭和天皇は、

マッカーサーにこう言ったと言われています。

「全ての戦争責任は私にある。私はどうなってもいいので、国民を助けてほしい」

マッカーサーは天皇が自身の命乞いに来たと当初は思い

ソファーにふんぞり返り、葉巻をくわえていたそうです。

しかし、直立不動で懸命に自分の命よりも

国民を守ろうとする昭和天皇の姿に、

マッカーサーは、とても感動したそうです。

そして、いつのまにか姿勢を正し、昭和天皇の話しを真剣に聞いたそうです。

勿論、これだけで戦争の罪が消える訳も無く、

マッカーサー自身がそれ以上語っていないため、

ここからは、自分の推測ですが

おそらくマッカーサーは、

日本人が皇室を大事にする民族で有り、

昭和天皇もその人柄から、

多くの日本人に慕われていました。

元々天皇には、開戦の直接的な責任もなく、

もしここで、

天皇も処刑してしまえば、

暴動にも成りかねないと思ったのでしょう。

アメリカはあくまでも正義の戦争であり、

日本を占領するつもりはないので、

天皇制を存続させ、

日本の復興を早めようとしたのだと思います。

もしアメリカがこの時、

昭和天皇を処刑していたら、

今日の日米関係は無かったと思います。

そんなこんなをへて、昭和天皇とマッカーサー元帥は

とても仲の良い関係に成りました。

最後に成りますが、

私の祖母は、

明治34年生まれで昭和天皇と同じ年でした。

あっ!

ちなみに母は、

今年で最後ですが、今の天皇陛下と同じ年なんですよ(^^)

スポンサーリンク